感情に責任がもてる生き方へ。

気持ち  っていうくらいだから、自分の持ち物なんでしょうね。

 


だから主(あるじ)が持ち物に振り回されるのは本来の姿じゃない。
 

感情の起伏が激しい自分だから、これまで苦労してきましたが、
 
立禅ともいわれる  站椿(たんとう)を、生活習慣にして
 

取り組みはじめてから、2年くらい経った今、
 
随分と、楽に生きられるようになりました。



得たくない感情は確かにあるし、日々顔を出します。

それを制御しようと、  抑え込む  封じる

 

蓋をする   なかったことにする、、  (制御されてはいない)
 

これらの行為は、
得たくない感情に対して、「否定」が前提になっています。


 
ここで考えてみてください。ひとが経験したこと は、感情の記録であり
記憶です。
 

出来事は感情としてレコードされます。 
 



この人生は、この肉体をもってして感情を経験し、味わうためにある。
 

と私は勝手に考えています。
 

 だから感情に  いい も 悪い もない。
 

本人がそれを 得たいか 得たくないか はあるけれど。
 


站椿というものに地道に取り組んでいくと、”活力の漏れ”がなくなり、
 

代わりに「内圧」が発生し


「健全な客観性」と
 
静かな「自己信頼」が育ってきます。
 


この自己信頼と客観性によって、その時の感情を冷静に見守ることができ、
 
いつかは鎮まる”波”を 経過させることができる。
 


強烈に自分のホーム(心の居場所)を知っているから。
 
いわゆるニュートラルコーナーです。


 


ですから、今までのように 振り回されることはなく、
 
自分の感情に責任を持って  苛立つ時は苛立ち、
 
怒るときは怒り、 恐れる時は恐れ、 悲しむ時は悲しむ。

 

喜ぶ時は喜び、 楽しむときは楽しめる。
 




頭で何かをコントロールしようとするのではなく、
 

 

身体の力 と ともに ” 意識圧 ”を養っていけば、

 


私自身がそうであるように、  もっと楽に、
 

人間人生   エモーショナル ライフ が味わえます。
 


 







 




 






 




ちょうせい塾

「ちょうせい」は、自分自身で調整する 養生  摂生の意。   命をつかんで、そして離さない。 Vital Energy Body Workをその中心核とし、 身体とこころをとりまとめ、一度きりの人生を 身体の力とその意識圧によって、主体的に切り開き 創造してゆくバイタリティを養うことを 喚起し、案内していくことが、ちょうせい塾の活動目的です。